無趣味なわたしが、ヨガを始めた理由。
ヨガを始めた理由。最初はやっぱり始めは身体面、もっと健康になりたい!という理由に背中を押されました(学生だった当時、心理学を専攻していたので、マインドフルネスに興味があったのもあります)。
健康面や身体の悩みは、PMSが辛かったことと、ダイエットをしていたので太りたくなかったこと。そしてダイエットをしたら身体の冷えが気になって、冷え性の改善もしたかったです。
電気毛布を敷いた時だけ暖かい身体や、薬を飲んだりしたときだけ楽になるようなのではなくて、 ゆくゆくは自分の内側から熱を生み出せたり、内側から健康になりたい!
自分の体をよく知って、ナチュラルな対処法を身につけたい!
そんな思いがありました。

ヨガを続けているのはどうして?
今でも冷え性だし、生理前は不安定になったりすることもまだあるけれど、それもだいぶ楽になりました。
最初にこうなりたい!と思った、身体や健康面の目標に近づけているので、南殿もヨガを続けているというのもあります。
でも、何より効果を感じたのは、心の面です。
例えば「太りたくない」という想いにしても、痩せていたら悩みはもうなくなるのかと言えば、そうではないですよね。今度は「もっと筋肉をつけたい」「シェイプアップしたい」「顔が丸い(笑)」など、どんどん悩みは出てきます。
悩みを消しても消しても、消えることはきっと一生ありません。不安や心配も、なくそうとすればするほど、大きくなるように感じます。
だから、悩みや心配はなくならないことを受け入れて、その上で、どうやって一緒に行きていくのか。付き合い方を考えた方が、きっと一生ものの智慧になると思うんです。

ヨガを続けているうちに、身体だけではなく心も、外側ではなく内側にあるものを感じるような時があります。
「何かがあるときだけ楽しい」「これがあるからわたしは愛される」
そう感じて、その場しのぎの安心感を手にいれるのではなくて、 ひとりでいるときでも、何も持っていなくても、自分の内側から自分が満たされている感覚。
そんな、本物に近い安心感を感じられるような気が、時々しています。
それがもっと確実に感じられそうで、もう少しで何かが見えそうで、それでヨガをずっとつづけているような気がします。

内側から満たされている感覚
どれだけ満たされた気分になってても、自分が必要とされてる感があって、自信を持てた気になっても、 それが外側からの何かによるものなら、その感覚は本物じゃないときがあります。
最初はそれがちょっと寂しかったです。でも、本物じゃないものを握りしめている方が、もっと虚しい。
わたしは、自分のこころが自分で分からなくなったとき、探し出すのが本当に大変だったから、もう行方不明にならないように、こころをわりとむき出しにしています。(笑)
だから、よく泣くし、すぐ傷つく。
そんな自分を守るためにも、本物だけを選んで身のまわりに置いておくことが大切なんです。

弱いわたしを守ってくれる、わたしのためのヨガ
ひとは、ひとから良く思われたいから耳触りのいい言葉を、よく使いますよね。
心から出てない、その場だけの自分のためだけの言葉(わたしも時々そんな言葉まだ使っちゃいます。好かれたいし、嫌われたくなくて) 。
でも、わたしはめっちゃ弱いけど、寂しいからってそんな嘘の言葉を大切にしていたらもっともっと弱くなる。
だから、本物じゃない!って気づいたら思い切って捨てちゃおう!って思っています。
それが本当の強さにつながる。
でも、いきなり強くはなれないから、そんな自分を守るためでもある、わたしの、わたしのためだけのヨガ。
自分のためだけに、身体を動かす時間は、身の周りを聖域にしてくれているようです。
自分の身体に起こる感覚をまっすぐに感じて、むき出しのそのままの心を感じてみる。
そんな体験が、わたしにとって、なにが本物で、どれが偽物かを、気づかせてくれています。
だから、きょうも一日をヨガから始めます。
